Everything in Its Right Place(SUB3.5 or DIE)

マラソン(PB3:36:04)、バンド(ベース担当)、海外独り旅(現在26ヵ国)、酒(ビール、ワイン、ウイスキー)、釣り(最近ご無沙汰)をこよなく愛する後期中年者の日常。フルマラソン・サブ3.5を本気で目指すことにしてしまった。

11月のランまとめと東北みやぎ復興マラソン振り返り


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11月の走行距離は、30日中27日走り、324kmだった。

 

11/5に東北みやぎ復興マラソンを走り、目標タイムには及ばなかったものの、幸いにしてダメージはあまりなく、1日ランオフしただけで通常運転に復帰した。

よって走行距離も例月並みに。

 

振り返ると、今年走った鹿児島、青森、シドニー、いずれもレース後に疲労で走れなくなったり、階段を降りるのに苦労するような酷い筋肉痛などなく、ダメージは少なめ、42kmを走りきる筋持久力は出来ているのだと思う。

しかしながらタイムは3月の鹿児島が3:44、4月の青森が3:45、9月のシドニーが3:51、そして東北みやぎ復興マラソンが3:46と、見事に頭打ちである。

ここから1段レベルアップする為には、スピードの強化しかなさそうだ。

 

問題はそのスピード強化のリスクである。

 

東北みやぎの4週前、私は菅平高原で準高地トレーニングの20kmを行ったのだが、平均ペース5:10/kmの設定で挑んだところ、後半ペースを上げて結果4:59/kmで走れて歓喜した。

目標の3時間40分切りに必要なペースは5:12/kmなので、この速度に対する余裕が充分にあると思えたからである。

おまけに標高約1300mの準高地、更に菅平高原ランニングコースは緩やかなアップダウンの続く決して楽とは言えないコース、私は少なくとも自己記録の更新を確信した。

 

しかし、その翌週、さらなる高みを目指して、或いは単に調子にのって、ビルドアップ走を思い切り頑張ったところ、右膝を痛めたのであった。

診断は鵞足炎。

幸いにして走れなくなる程の激痛には至らなかったものの、レース前の大事な追い込み時期に刺激を入れられずスロージョグで繋ぐ日々、目標を3時間40分から、自己記録の3時間44分42秒を1秒でもいいから上回ることに下方修正して東北みやぎ復興マラソンに挑んだのだった。

 

レースプランとしては、中間地点までは鹿児島マラソンをトレースすること。鹿児島に比べるとアップダウンの少いコースなので、後半上げていき、あとは粘りと気合いでゴールまで駈け抜ける。


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結果として、中間地点まではプラン通りのレースが出来たのだが、結果はネットで3時間46分3秒。

ベストまで1分20秒及ばなかったばかりか、セカンド・ベストの青森にも40秒程及ばない記録に終わってしまった。 

鹿児島のようなアップダウンも、青森の時のような飛行機が欠航になるほどの暴風もない、コースにも気象条件にも恵まれたレースだっただけに、実力不足を認めざるを得ない。

 

あらためて振り返ると、今回も後半のほうが前半より6分速いネガティブ・スプリットで、5km毎のスプリットでは35kmから40kmが最速で、1km毎のスプリットでは41kmから42kmが最速であり、つまりは失速することなく右肩上がりでペースは上げていた。

失速していないのに目標に届かないという事実を分析すると、

①絶対的なスピード不足

②前半抑えすぎている

という2点が考えられる。

①はレーススピードに対する余裕度が低いという真実であり、②は今回の結果は後半のほうが6分速いという極端なネガティブ・スプリットであることから、レースプランを見直せばタイムが削り出せるのではないかという仮説である。

 

PDCAサイクルは古いと言われて久しいけど、古い人間である私は、plan, do, check, actionを不断に行うしかないと考えている。

 

次の勝負は2月だ。