Everything in Its Right Place(SUB3.5 or DIE)

マラソン(PB3:36:04)、バンド(ベース担当)、海外独り旅(現在26ヵ国)、酒(ビール、ワイン、ウイスキー)、釣り(最近ご無沙汰)をこよなく愛する後期中年者の日常。フルマラソン・サブ3.5を本気で目指すことにしてしまった。

つくばマラソン2022

いや~。

いや、はや。

 

熾烈なクリック合戦を搔い潜り(コロナの影響で定員が従来の約半分、尚且つ抽選ではなく先着順)、自己記録を狙ってエントリーしたつくばマラソン2022、色々と悪いことが重なり、かなり大変なレースになってしまった。

 

まずは気象条件。

前週から出ていた雨の予報は前日になって消えたけど(流石は自称晴れ男w)、強風と高温は避けられそうもなかった。

しかし11月半ばのレースで予想最高気温23度って...。

 

次に自分のコンディション。

 

レース9日前、日課の朝ランの後に風呂場で椎間板ヘルニアを発症し、まともに動けなくなった。

不幸中の幸いは軽症だったことで、鍼とマッサージに集中的に通って散財しまくったところ、なんとか走れる身体に戻った。

 

そしてトドメはモルテンだった。


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フルマラソン世界記録保持者のエリウド・キプチョゲも愛飲しているという高濃度エネルギードリンクのモルテン。

レース直前にその存在を知り、つい出来心でamazonで2袋購入、レース前日と当日に1袋ずつ飲んで効率的にカーボローディングを行う予定だったのだが、前日の昼に飲んだ直後から激しい下痢を発症した。

 

レース前日に絶食するわけにはいかず、遅めの昼食に常磐道守谷SAでうどん、夕食は外食を避けてコンビニのおにぎり3個をよく噛んで摂取したが、朝の4時半頃に激しい便意で目覚めてしまった。

水便炸裂。

スマホで調べるとホテルから2kmの距離に24時間営業の薬局ウェルシアを発見、まだ暗い道を愛車を走らせて下痢止めを購入し、なんとか事なきを得た。

やはりレース前に慣れないことをするものではない。せめて事前に一度試すべきだったな。

後から知ったことだが、モルテンには色々と決まりごとがあり、必ず500ccの水で割ること。これより多くても少なくてもいけない。

そして、時間をかけてゆっくりと飲むこと。

私は普通にゴクゴクと飲んでしまったのも良くなかったのかもしれない。

 

そんな訳ですからね。

スタートラインに立った時の私のどんよりとした気持ちがお分かり頂けるだろうか?

ただでさえ42kmを走るということは気が重いものだが、腰にも腸にも爆弾を抱えてしまい、最早不安しかないのだった。

 

もうサブ4なんて言っている場合ではない。

目標は歩かずにゴールすること。

入りの5kmは29分とゆっくりと入り、あとは成り行きに任せること。

これだけを決めた。

 

私の属する第3ウェーブは9:10出走。

直前にトイレに行った割には、集団の前の方を確保出来てロスタイムは30秒ほどだ。

 

天気予報はいい具合にはずれ、朝のうちはほぼ無風。

設定通りに最初の5kmはネットで28分57秒と完璧な入り。

その後は20kmまで5:40前後のペースで、まだまだ元気な多くのランナー達に抜かれながら淡々と走る。

(ところで、仮装ランナーに抜かれるとモヤッとするのは何故だろうか?)

 

中間点の通過は手元の時計で2時間と少し。

このままのペースでは4時間は切れないが、さりとて今スピードを上げるのはリスクしかないと我慢し、歩かずにゴールすることを最優先に同じペースを刻む。

 

あれ?25kmぐらいから何故かキロあたり10秒程ペースが上がった。決して上げたのではなく、勝手に上がったのだが、27㎞過ぎのつくば市役所の折り返しを過ぎると、猛烈な向かい風に見舞われたのだった。

つまりペースが上がった原因は、いつの間にか吹き始めた強い追い風だ。

 

ついに強風、キタ━(゚∀゚)━!

 

時間の経過と共に気温がドンドンと上がり、元より暑がり汗かきの私は発汗量も増え気味だったのだが、風が汗を乾かしてくれるように感じられた。おっ、我ながらイイネ、このプラス思考!

しかも次の角を曲がると横風に、そしてその次の角を曲がると追い風に変わった。

ラッキー!風が味方についたぞ!

 

この追い風に乗って少しペースを上げてみた。

潰れちゃうかもしれないけど、行けるところまで行くしかない、もしくは逝くしかない!

なにしろ計算上ではこの若干上げたペースで最後まで保てば、4時間を切ることが出来るはずなのだ!

 

前半は抜かれに抜かれまくった私だが、この辺りから次々と他のランナー達を抜き始めた。私が10秒程ペースを上げたこともあるが、30kmを過ぎて脚が売り切れる人も続出したのだろう。

かつて私を追い抜いて行ったピカチュウや、青鬼や、狐ダンスなどの仮装ランナーたちも悉く抜き返した。

 

疲れた心と身体に、抜くことはプラスに作用した。

まだ俺には余裕が、少なくとも彼等よりも余裕があるのだと、自分に言い聞かせることが出来たからだ。

 

腰が疼き始めた。

右の足首が痛み始めた。

でも私は気のせいだと思うことにした。

何故なら、私は今も多くのランナーを抜いている。まだまだ走れるはずなのだ。

痛がるのはゴールしてからでいいじゃないか。

 

40kmあたりで短いながらも目を疑うような激上り坂が現れた。

これが予想以上に堪えた。

後から確認すると、この区間のラップタイムが最も遅く、5:56を要している。

しかし、上り坂の後には下り坂が来るのが世の理、下りでペースを戻すと、歯を食いしばってラストを走った。


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そして私はそのまま失速することなく、ゴールまで到達したのだった。

手元の時計では3時間57分台。

 

直ぐ様、後輩のサブ4ランナーであり、マラソンの師でもあるblue blood(仮名)から祝福のLINEが入った。

どうやら私はグロスタイムでも4時間を切ることが出来たようだ。

 

初レースの今年4月のかすみがうらマラソンでは、37kmで左臀部を痛めて失速、ネットタイムでは3時間59分18秒だったのだが、グロスタイム、即ち公式記録は4時間0分20秒という、「サブ4」って言えるのか言えないのかよくわからない、非常に中途半端な記録に終わった。

二度目の挑戦、9月のわっかないマラソンでは、35km辺りで脚が全く動かなくなり、以降はマラソンではなくウォーキング大会と化して4時間23分と大撃沈に終わった。

三度目の正直で、私はついに公式記録としてのサブ4を達成したのだった。

 

レース前のどんよりとした気持ちを思うと、望外の結果であるに違いなかった。

 

しかし、何なのだろうか、この「もう少し頑張れたんじゃないの、俺?」感は。

なんで素直に喜べずに、少しモヤモヤしているのだろうか?

 

私は強欲なのだろうか?

 

風が強く吹いていた。