Everything in Its Right Place(SUB3.5 or DIE)

マラソン(PB3:36:04)、バンド(ベース担当)、海外独り旅(現在26ヵ国)、酒(ビール、ワイン、ウイスキー)、釣り(最近ご無沙汰)をこよなく愛する後期中年者の日常。フルマラソン・サブ3.5を本気で目指すことにしてしまった。

9月のランまとめ

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9月のランは、総走行距離279kmだった。

ワクチンの酷い副反応で熱が下がらず3日続けてランオフ、台風の通過に伴う荒天で1日ランオフと、休んだのはこの不可抗力の4日。

その代わり、8月に続き9月も1度も釣りに行っておらず、勿論夜外食することもなく、日々早寝早起きしてコツコツと走った。フルタイムで仕事をし、尚且つ走力の低い私がこれぐらいの距離を確保するとなると、多くのことを犠牲にしなければ無理なようだ。

 

そして11月末に開催される予定だったフルマラソンに照準を合わせて、走ることを日常のファーストプライオリティにしていたのだが、肝心なそのレースの中止が先頃正式決定し、私は走る目的の幾ばくかを喪失した。

 

それでも、と思う。

ワクチンの副反応で走れなかった3日間、私は焦燥、苛立ち、不快感、充たされぬ想い、等々のネガティブな感情に捕らわれた。

目的があるから走るのではなく、走ること自体がある程度目的化・習慣化しているのだろう。

 

移動距離と発想力は比例する。

誰かの言葉だが、一人旅が好きな私はこの考え方を支持する。

異国に身をおくことは、自己を相対化、対象化することとなる。相対化・対象化された先に見つけるのが、唯一絶対の自己だ。それが固有の発想力を産むということなのだと解釈している。

 

しかしそれとは異なる意味で、自転車でも、車でも、電車でも、飛行機でもなく、自分の脚で移動することも、何かポジティブな要素と比例する何かがあるように感じる。

その答えは、走りながらのんびり見つけるとしよう。

 

さて10月。

初日から台風でランオフとなり、遅めの夏休みの取得も予定しており、カワハギの肝は膨らみ、オチの真鯛も始まり、何よりも緊急事態宣言が解除されたことで飲みに行くことも出来るようになり、走ることにアゲインストの風が吹きまくってきた。

どんなランニングライフとなるか、それは一月後に答えが出る。