コロナで世界が変わった後、私にも幾つもの変化が訪れた。
そのなかのひとつは読書傾向。
小説を読むことが激減し、代わりにノンフィクションを読むことが増えたのだ。
私の読書はフィクションとノンフィクションの比率は8:2、もしかしたら9:1ぐらいかもしれなかったのが、完全に逆転した。
理由ははっきりしていて、海外旅行に行けないからである。
通勤読書で電車の事情で読書が中断されることが好ましくなく、没頭したいような長編小説は海外旅行のお供という位置付けが定着していた。
今でも積ん読の山にはセルバンテスの「ドンキホーテ」全6巻とか、ドストエフスキーの「白痴」光文社古典新訳文庫版全4巻とか、新田次郎「孤高の人」上下巻などの長編小説が出番を待っているし、Kindleのセールで購入した電子書籍版の小説も、何買ったかすら覚えてないけど、結構あるはずだ。
つまり私は、ノンフィクションを楽しむ為には平和で日常的な世界にあることが前提になっているようである。
ワクチン接種も本格化したし、コロナにも飽々しているし、ここらで世界の正常化を見据えて、リハビリ代わりにちょっと軽めの小説でも読んでみますかね。
何時何処で何故買ったのかすら覚えていないこちらの小説。町屋良平のデビュー作。
薄くて活字が大きいので、リハビリには最適。
いかにもデビュー作らしい青さが良いですね。
どんな表現者にもデビュー作はひとつしかないのだ。
しかしながら世代の違いというか、世界の違いというか、上手く小説世界にはまれませんでした。
そしてつくづく思うのは、村上春樹の「風の歌を聴け」とは、なんと完璧なデビュー作なのだろう、ということ。
続けて、Twitterで知り、これは面白そうだと買ってみたこちらの小説を読んでみた。
いやぁ、びっくり、面白かった。
物凄く面白かった。
作者の名前すら知らなかったのは迂闊としか言いようがないが、この作家の著作をディグる楽しみが出来たと思えば、今後の人生にプラスとも言える。
たまに、この小説はもしかしたら自分の為に書かれたのではないか?と不遜なことを考えてしまうぐらいフィットする小説があるが、これはまるで俺たちの為に書かれたのではないか?と、1人称複数形で感じ入ってしまった。
俺たちとは、すなわち俺たちのバンドだ。
作者への支持の表明は、作品を購入することが最も手っ取り早い方法である。
取り急ぎ3冊買って、次のスタジオでメンバーに配布しよう。
そうしよう。