土曜日。
前日の真鯛釣りの疲れと寝不足から、二度寝を貪っていると、リビングのインターホンが鳴った。
宅配便が来る予定もないし、来客のあるはずもなく、無視して寝続けようと思ったのだが、4回、5回と執拗にインターホンは鳴るのだった。
諦めてベッドを抜け出しインターホンのモニターを見ると、そこには見知らぬ老婆が映っていた。
なんだ?
宗教の勧誘か何かだろうか。
私がインターホンの通話ボタンを押すかどうか迷っているうちに、老婆は諦めたようだ。
折角起きちゃったことだし、とりあえずシャワーを浴びようと全裸になったところで、今度はドアのインターホンが鳴った。
マンションのロビーから私の家の部屋番号を呼び出しているのではなく、オートロックを掻い潜った何者かが、私の家のドアベルを執拗に押しているのである。恐らく先程の老婆だろう。
鍵をかけているドアの、開くことのないドアノブを力任せにガンガン引っ張っている音がする。
狂人。
これは狂人が襲来したのかもしれない。
春は狂気の季節だ。満開の桜の花は老婆をも狂わせる。
全裸で狂った老婆の相手をするのは心許ない。
私は無視してシャワーを浴びた。
シャワーを出て、身体を拭き、服を着てからそっとドアを開けてみた。
そこには老婆の姿も痕跡もなかった。
狂人ならマーキング代わりに放尿か脱糞ぐらいしかねないと思ったが、私の心配は杞憂に終わり、玄関前は綺麗なものである。
シャワー浴びて、すっかり冷静になった頭で考えると、恐らくその老婆は訪ねる部屋番号を間違えたか、もしくは敷地内に複数の棟があるこのマンション、訪ねる棟を間違えただけなのかもしれないと思い始めた。
それにしても、執拗なインターホンって、イヤなものだ。
単に部屋番号や棟を間違えたのだとすれば、向こうにしても訪ねる約束をした相手が応答しないので執拗にならざるをえなかったのかもしれないが、執拗なインターホンとはまるでスティーブン・キングの小説のように、どこかしら猟奇的かつ不吉な鳴り方をするものである。
ましてや鍵をかけたドアノブをガチャガチャ引っ張られるのは恐怖でしかない。
私はなんとなく、土曜日の朝に地獄からの使者がやってきたかのような嫌な気分が拭えず、芥川龍之介が感じていたようなぼんやりとした不安を終日抱え続け、頬杖をついて無為に1日を過ごしたのだった。
あれは夢だったのだろうか。
しかし、インターホンモニターの訪問者履歴には、不吉な老婆がハッキリと映っていたのだった。